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  • にっこう が更新を投稿 2019年8月18日 11:27 AM

    お盆が過ぎても朝から暑いですね。でも夕陽が沈む頃は周囲の稲穂に心地よい風が吹いて来たような感じです。寝る前に窓から空を見る、満月が欠け始め、月の光は淋しそうです。みなさま、どうしているんだろう。戻らざる日々を想ってもしかたないが、
    あれは、2014年9月頃、体調に何となく違和感がありました。それから半年後、ステージ4a膵臓癌を告知されましが手術が出来ました。
    一年目、無我夢中で生きました。
    二年目、必死の気構えで生きました。
    三年目、がむしゃらに生きました。
    四年目、精いっぱい生きました。
    五年目、その日、その日を ただ生きるようになりました。
    後、七ヶ月で満五年ですがこの病気は癒されることは、ないけれど
    私の気持ちを話してみたかっただけです。
    悲しみが消えて みんなみんな しあわせになれたら いいのに !

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    • なよっち さんが1か月前に返信

      この病気はほんとうに癒される事はないけど、主人は一日一日大事に過ごすように考えてると。私は、夫婦の在り方を勉強中‼️
      毎日一つでも多くの幸せ🍀を感じる事が出来ますように。

      2+
      • にっこう さんが1か月前に返信

        「むさぼり、怒り、愚痴」の三毒を取り除き
        自らの心に忍の一字を持つことです。
        我が家は何故か私が耐えています。

        1+
    • かゆはり さんが1か月前に返信

      本当にそう思います。悲しみが消えてみんなみんな幸せになれたらいいのに。
      ただただ穏やかに日々を過ごしたい、小さな望みを叶えて欲しいです。
      いつも心にすーっと届く言葉をありがとうございます。

      2+
      • にっこう さんが1か月前に返信

        先人達の無念を忘れてはいけないと
        朝陽、夕陽に頭を垂れ、悼むゆへに
        周りの人には、幸せになってほしいです。

        2+
    • キノシタ さんが1か月前に返信

      二十歳の頃、大きな交通事故で死にかけました。前歯がほとんどなくなった程度で奇跡的に命拾い。
      そして、事故の後は「せっかく拾った命だから、努力して立派な人生にしたいものだ」と考えました。そのように頑張ってきました。
      50歳での直腸がんのときには「せっかく拾った命だから、のんびりと生きようよ」と思いました。
      面白いものですね。若いころに拾った命と、50歳を過ぎてから拾った命では受け取り方が違いました。
      そして還暦前に膵臓がんの手術。
       
      後白河法皇が編纂させたといわれている『梁塵秘抄』に、
       
      遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん 
      遊ぶ子供の聲きけば、我が身さへこそ動がるれ
       
      の今様があります。人は目的があって生まれてきたわけではありません。金を必要以上に持つことも、地位も名誉も、そんなものがどうだというのでしょうか。人生は遊ぶことだという、そのままを実践したのが良寛でしょうね。
       
      こう考えてみると、自分で努力して生きてきたのではなく、生かされてきたのだということを強く感じます。人間のできることなんかはたかが知れています。自然・天・神・仏なんでも良いのですが、そうした宇宙の営みの一つとして『生かされてきた』のだと。だから今は、
       
      『拾った命だから、生かされるままに生きよう』
       
      こう考えれば、5年生存率もエビデンスも関係ありません。自分で選んだ治療法に責任をとり、結果はなんであれ受け入れるだけ。
      手術ができたのなら、それは不幸中の幸いです。仮に再発転移しても、その間の時間は拾った時間、ロスタイムでしょう。
      また、手術ができなかったとしても、20年前なら膵臓がんに効く抗がん剤もなく、死を待つだけでした。それを考えれば、いま生きていることは、拾った命と考えてもおかしくはないでしょう。

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      • にっこう さんが1か月前に返信

        花、無心にして 蝶を招き
        蝶、無心にして花を訪れる
        「うらを見せ おもてを見せて散る もみじ」 

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